中新井澪子原稿集/パンジーだより No.17〜No.62
(1996年〜2007年)
パンジーだより No.17
NO1パンジーだより No.18 NO2
メンバーへの具体的なかかわりについて パンジーだより No.19 NO3
パンジーだより No.20 NO4
心の居場所 パンジーだより No.21 NO5
パンジーだより No.22 NO6
生きていく形を教える パンジーだより No.23 NO7
問題になっている行動 パンジーだより No.26 NO8
相手のことを思いやる心 パンジーだより No.27 NO9
コミュニケーションについて パンジーだより NO.28 NO10
パンジーだより No.29 NO11
NO.30 1998年 NO12
No.31 NO13
続・ちょっといい話 No.32 NO14
言葉とコミュニケーション 4 No.34 NO.15
言葉とコミュニケーション 5 No.36 2000年 NO.16
言葉とコミュニケーション 6 No.37 2000年NO.17
言葉とコミュニケーション 7 No.38 2000年 NO.18
パンジーUの開所を祝って No.39 2000年No.19
からだ・いのちのこと No.40 No.20
からだ・いのちのこと(2) No.42 2001年 No.22
ちょっといい話「一緒に座ろう」 No.43 2001年 No.23
オシッコの話し No.46 2001年 No.26
無駄に過ごす時間 No.472002年 No.27
眠りたい、寝られない(2) No.49 2002年 No.28
No.50 2003年 No.29三枚のお札 No.51 2003年 No.30 不眠体験 No.52 2004年 No.31 問題になっている行動U
No.53 2004年 No.32問題になる行動V No.54 2004年 No.33 No.55 2005年 No.34
No.56 2005年 No.35 人に対する安心感U No.57 2005年 No.36 人に対する安心感V No.58 2005年 No.37 人に対する安心感W No.59 2005年 No.38 人に対する安心感X No.60 2005年 No.39 10年目の春に「加齢」を考える No.61 2005年 No.40 「加齢」の問題 No.62 2007年 No.41 恒例 ちょっといい話
パンジーだより No.17 NO1
1人ひとりのパンジータイムが、充実したものであるように![]()
「はじめまして、中新井澪子と申します。縁あって週1回パンジーでご一緒するようになりました。どうぞよろしくお願いします。」と、こんな具合に一度自己紹介をしなければと思いながら、ズルズルともう2か月も経ちました。個々にはあいさつしているものの、メンバーの皆さんはきっと突然顔を出したこのオバサンは何者ぞと思っていたのではないかしら。ところがうれしいことに、少し警戒的な数人(これで当たり前なのですが)以外は、もうずっとパンジーのスタッフであったかのように普通に接してくれています。パンジーはその建物と同様に外部の人に対しても非常にオープンでいろんな人が出入りしているせいでしょうか。おかげで私は一番新米のくせに、大きな顔をして好きなことをさせてもらっています。
成人の施設での経験はありませんが、大阪府中央児童相談所、ポニーの学校、東大阪市療育センターでの仕事を通して子ども達とのつき合いは長いので、パンジーの中にも顔なじみがいます。もっとも彼らがまだ3歳〜5歳ぐらいのときだったから当時のことは覚えていないでしょうが、私にとっては昨日のことのように思い出されます。だからつい「○○ちゃん」なんて昔の口ぐせで呼んでしまったり、偏食で苦労した子が普通に食べているのを見て感激したりしています。
メンバーの構成は障害の様子も様々で、その中からお互いの助け合い、励まし合いが日常的に行われています。パンジーのオープンで自由なかかわりが、このようなすてきな仲間関係を育てているのでしょうが、メンバーの中には一定の枠やパターンがあった方が安心できる人たちもいるようで、彼らにとっては落ち着きにくい場面があるかもしれません。一人ひとりのパンジータイムが充実したものであるように皆で考えていきましょう。
まだまだパンジーの一面しか見ていない私ですが、今はその日、その時の出合いを大切にしていきたいと思っています。
No.18 NO2
パンジーだより
メンバーへの具体的なかかわりについて![]()
先回の自己紹介に続いて「メンバーへの具体的な関わり」について書くようにとの編集者からの要請です。しかも連載でとは、私にとってはかなりの重荷ですが、情報の共有は意味のあることと思い承諾しました。まずは私の一日です。
パンジーでは、私はほとんどクリエイティブ部門にいます。作業内容は日により人により異なりつつありますが、集中して取り組んでいる人もあれば落ち着かない人、休憩している人さまざまです。私はメンバー達が何をどんな風にしているかということより、彼らが今何をどのように感じ、どんな気持ちでいるかに注目しています。何をしていても、全く何もしていなくても、自分自身が素直に出せているかどうかが気になります。コトバで訴えることの下手な人でも、表情の変化の少ない人でも彼らの動きや態度の中に、本人の思いと与えられた状況とのズレを見てとることもあります。また不安や不満が昂じて攻撃や引き込もりなど心配な時は、個別に話し合うようにします。彼らの一言の中から、沢山の気持ちが伝わってきます。 集団生活での不適応行動はお母さんを悩ませ、相談を受けることもあります。夕方からはスタッフ達とミーティングを行ない、具体的な関わり方を検討しています。 話し合われるのは、メンバー個別の問題だけでなく、同じ障害をもつ人達に共通する事柄についてや、作業場面の設定、指導方法、施設側のスタッフの配置の問題などもあります。短期間では解決できないことが多いのですが、問題の理解と解決の方向性はお互い確認しているところです。そんな中から、メンバーの行動や思い、私自身が感じたこと、具体的な関わりなど書いてみることにしました。「乞うご期待」と言いたいところですが、あまり自信はありません。皆さんからもご意見を聞かせて下さい。No.19 NO3
パンジーだより
落ち着かないのではなく、落ち着けない!?![]()
パンジーに来て、一番はじめに相談をうけたのは「作業に集中できない人」へのかかわり方だった。落ちつきのない彼らの気持ちに思いを寄せるとき、その理由は大きく分けて3つあった。@作業場面が落ちついていない。A今心ここにあらず。B作業内容が難しすぎる。今回は最も対応がはやくできた@の例をお話ししたい。
@に多いのは、自閉症やその傾向を持つ人たちである。彼らは自分の周りで刻々変化していく状況を目や耳で受けとめ、整理統合していくことが苦手なようだ。だから、新しい場面や、急な変更には不安になり、決まったパターンを固執しようとする。決してわがままで抵抗しているのではなく、状況の意味がつかめずに困惑していることが多いのだが、その気持ちを周りにいる人にわかるように伝える方法を知らないで多動、奇声、乱暴等になってしまう。そこで目や耳から入る刺激をできるだけ少なく一定にするために、作業机を部屋の端によせて壁に向かって仕事ができるようにした。
また、机の上は、今彼が行なう仕事の流れが一目で理解できるように設定するとともに、一日のスケジュール表示も彼に分かるように作ってもらった。このような場面設定は「
TEACCHプログラム」といわれる治療教育法の中の「構造化」のアイディアを応用したものだが、自閉症の人たちにとっては、他のメンバーの動きをあまり気にせずに仕事に集中できるお気に入りの場所になったようだ。一定刺激を制限した中で、何を、いつまで、どのように作業すればよいのか、次に何があるのかを示す必要は畑仕事などでも感じた。仕事内容別にワープロで区切る、絵や文字で書いたプラカードを立てるなどの工夫があれば、彼らも安心して参加できる。その上で次の課題は、彼らの感じている困惑や疑問や要求を周りにいる人に分かるような表現方法、伝達技術を身につけていくことである。彼らは見よう見まねで覚えていくのではなく、各々の場面で一つ一つ学習していくのだと思う。この取り組みについては後日報告するつもりだが、メンバー同志のトラブルの多くは悪気ではなく、誤解によるものであることは確かである。他のメンバー達にも彼らの不適応行動の原因を分かってもらうよう努力したい。
No.20 NO4 今回は落ちつけない理由のA「今心ここにあらず」について考えたい。他のことが気になって仕事が手につかない状況は誰しもよくあることで、心が今どこにあるかを自覚している時はとりたてて問題になることはない。心の所在が本人にも周りの人にもはっきりしない場合に軌轢が大きくなる。 言葉で意志や気持が伝えられるのは便利だが、言葉が必ずしもありのままの心を表現しているとは限らない。それは能力の問題ではなく、その場の状況や伝える相手との関係性の中で心にもないことを口ばしることもある。また、本当に自分が欲していることに気づかないまま手近かな要求を並べることも多い。 例えばAさん。一応部屋にはやって来るが、仕事には見向きもせずスタッフをつかまえて盛んに訴える。「○○に電話をかけたい」「□□とコーヒーを飲みたい」「旅に出たい」など。今まで何回電話をかけてもコーヒーを飲んでも、決して彼はそれで満足していないことを承知のスタッフは、それでも同じ要求を繰り返すAさんに戸惑いながら、彼の言葉に反応してしまう。「何回も電話するのは良くない」「昼休みまで待とう」「どこへどのように旅行したいのか」。それがまた彼をいらだたせ破壊的行動をひきおこす。 Aさんとは床の上に座りこんで話を聞いたことがある。彼は言動と気持のギャップの大きな人で、幼ない気持を受けとめると急に素直になる。そこで一日一度でいいから彼と真正面に向き合って彼の言動ではなく気持につき合う時間を持つことを提案した。「いくら話をしても満足できない気持」「現実から出ていきたい気分」の中で、Aさんは甘えを直接出すようになる。スタッフはどこまで許容したらよいか躊躇することもあったが、彼自身も気づいていなかった母子関係に見られるような基本的な信頼感を今、体験しつつある。
パンジーだより
「愛され 守られ 信頼される」実感 --- 心の居場所 ---を求めて彼の心
はここになかったと言うことが出来よう。
パンジーだより No.21 NO5
素材あそびで世界を拡げる![]()
障害をもつ人に対する国の施策は、教育でも授産でも、障害別程度別に分けられている。出来るだけ同じような能力を持った人が集まっている方が、指導する側にとって効率が良いからである。では、当事者にとってはどうなんだろうか。
自分と同じような障害をもった集団の方が落ちつく、安心できるという人もいれば、いろんな人がいる方が活気があって楽しいという人もいるだろう。私は学校でも施設でも地域が基盤だと思うから、一定地域の中にはいろんな人が居て当り前と考えてはいるが、この当り前の状況を限られた場所と人で受けとめていくのは至難の技だということもよくよく知っている。パンジーはその難題をあえて引き受けて出発した施設だから、十数種類の仕事を用意してもまだ十分参加できない人が居ても不思議ではない。技術的な創意工夫には限界がある、心意気だけで長続きしない、人的物的環境整備などなど-- 作業に集中出来ない理由の三番目「作業内容が難しすぎる」施設にとって宿命的課題といえるかもしれない。
ささやかな試みを紹介したい。Bさんはいつも機嫌よく、お気入りのひもをくるくる回している。ひもは目ざとく見つけて手に持つのに、他は手探りの感じで物によって口に入れたり、放り出したりで、見て触って確めることが少ない。彼女の世界をもっと拡げるには、探索行動を豊富にして手と目の協応を確かなものにしたいと思った。それには「遊び」だ。パンジーには遊具はないが、素材はいっぱいある。ハンガーの部品(プラスチック)、ハンガー組立用の丸棒(木)、パン生地(小麦粉)、陶芸粘土、ティディベアの綿、さをり織り、乾燥したハーブ、庭の雑草や土などなど。広口のガラスビンに部品を出し入れしたり、丸棒で叩いて音を聞いたり、ビニール袋にちぎった紙を入れて風船にしたり結構楽しく遊べる。綿をちぎる、ミントやラベンダーを茎からもぎとるなどは作業の一部を分担することにもなり、メンバーからの激励がとぶ。粘土を口に入れなくなって陶芸の先生を驚かせたこともあった。ただし、今のところ、スタッフが一人ついていないと参加できないのが悩みのタネだ。
No.22 NO6
パンジーだより
生きていく形を教える![]()
『パンジーだより
NO21』の記事「厨房のカウンターから」の中で、私が河野さんに語った「心のねたきり」の表現は、あまり適切でなく、誤解をうけるのではないかと気になっていたので、今回はそのこと「心理的寝たきり」について書いてみたい。心が幼児っぽい、あるいは頑く硬ばってうまく動かない、また外の世界に閉ざしたままの状態になることがある。これは障害の有無にかかわらず、心がうまく育てられなかった人や、心的外傷(拒絶、喪失、挫折、暴力など)を負った人に起きうると思われる。問題は心の状態がまわりの人に見えないので、その頑くなな態度や、引きこもり、時にパニックなどが、単なる本人のわがままや怠惰、反抗と見なされてしまうことである。当然厳しくしつける対応を望む声が多い。
前々回に登場したAさん。彼の心はまだ不安定で協調的に動けていない。彼の自己中心的な行動は、まわりの人に少なからず動揺を与える。実際、仲間のDさんは「Aさんに対しても、職員に対しても腹が立つ。どうしてもっと厳しく叱らないのか。見ていてイライラする」と私に話してくれたことがある。河野さんもきっと同意見だったのだろう。
身体の機能障害で寝たきり状態の人を起こしていくには、動かす形がある。筋肉をあたためほぐし、少しずつ可動域を拡げるといった援助には誰も腹が立たない。必要だと認めているからである。同様に、心理的な寝たきり状態にある人の場合も安心して心を開放し、人とのかかわりを通して心の柔軟性を身につけていくプロセスが必要ではないか。その上で、生きていく形を責任持って教えることになる。知的障害がなくても、引きこもりや家庭内暴力で苦しんでいる若者も多い。悩んでいるのは本人だけでなく、彼らの姉弟たちもきっと心を痛めているのだろうと、仲間のDさんの訴えを聞いていて思った。
メンバーもスタッフも共に生活しながら、心の成熟や回復のプロセスをどこまで許容しどこまで支えていけるか、これからも話し合っていきたい。そういえばこんな歌があった。
かわいくば 五つ教えて三つ褒め 二つ叱りて、よき人にせん。
No.23 NO7
パンジーだより
問題になっている行動![]()
問題行動とは、あくまで周囲がそう捉えているのであって、当人にとっては無理からぬ事態の反応であることも多い。@要求を通そうとする意志または通らないことへの反応、A状況が理解できないための困惑や回避の表現、B周囲の無関心に対する反応、C特別な感覚や状況への強いこだわりの表現などが考えられる。
パンジーにおいても、問題とされる行動は日常的に頻発している。中には、一緒に生活している者の神経をすり減らすようなのもあるが、慣れればほとんど問題にならないのも多い。だが、一歩パンジーの外に出れば、迷惑行動として苦情が寄せられることになる。
スタッフはまず、問題とされる行動への理解を深めることにした。おしまコロニーのガイドブックを参考に、本人の立場からの原因や、行動が起きる時の周囲の状況、これまでの経緯、その行動を変えることの必要性、社会の側の許容度など話し合っている。
自傷他害、器物破損、強迫性行動や奇声、跳びはね、放浪など、これらは持っている障害からではなく、育ってきた中で二次的に身についたものである。長期間続いていてかなり習癖化しているのもあって、行動そのものを変えるのは困難な場合もあるが、不適切な対応により、よけいこじらせたりしないよう心がけたい。突発的に見える行動も、必ず引き金になっている原因がある。それを事前に察知し、特に他害などは毅然と制止する。やってから注意するより「してはいけないこと」が伝わりやすいと言われている。また、代わりの許容される行為を見つけて、お互い折り合いをつけて生活できるようにしてきた。
このように外に向かう行為は、少々周りは迷惑でもまだ対応が模索できる。だが、強度な自傷行動をもつDさんには、祈るような気持ちで側にいて、頭や顔を強打するその手を時々にぎりしめながら見守ることしかできなかった。
お母さんと話し合って、症状の悪化を覚悟で母子分離してから1年、パンジーの生活がようやく彼の中に根づいたような実感がある。
ほほの青アザがとれたことも喜ばしいが、何よりお母さん以外の人と安心して生活できる基盤ができたことが本当にうれしい。次回は彼の1年をふり返ってみたい。
パンジーだより No.26 NO8
相手のことを思いやる心![]()
新年だからというわけでもないが、今回はちょっといい話を紹介しよう。
昨年末のパンジーは、実習生たちが出入りして、すこし落ち着かなかった。実習生にとっても緊張の一日で、特に食事やトイレ介助には苦労しているようだが、メンバーたちもそれぞれに気を遣っている。しかし実習生たちの多くは今かかわっている相手の心の動きに気づいていないようだ。それはまあ仕方がないとしても、彼ら自身もめったに相手に話しかけないのには驚いた。理由は、ことばが返ってこないとどうしてよいか分からないからというのだ。将来赤ちゃんの世話をするとき、彼らは無言で手だけ動かすのだろうか? 夕方の反省会でも、具体的な介助についての質問は多いが、メンバーとのコミュニケーションに関しての意見はほとんど出なかった。パソコン時代のマニュアル世代の一般的傾向なのだろうか、それとも経験の差なのだろうか。
物理的な援助はできても、相手とのことばやしぐさや表情などによる交流が伴わないのでは、お互い居心地が悪いと思うのだが。このような関係はヘルパーさんのかかわりでも見られることがある。健康まつりでの出店でのこと。
車椅子に座っているFくんに食事の介助をしているヘルパーさんは、リュックを背負ったままで中腰になりながら、ただ黙々とお弁当をFさんの口に運んでいる。上からの介助はFさんの表情も見えにくいし、何より相手が立ったままでは食事もおちつかないではないだろうか。
実習生であれ、ヘルパーであれ、もちろんメンバーや我々スタッフも、相手の立場や気持ちをおもんばかるのが生まれつき上手な人と下手な人があるはずである。下手な者は自分の足りなさを自覚するとともに、意識して心のアンテナを磨き拡げていく努力をしていきたいものである。そこでちょっといい話を。
<その1>
ハンガーの組立て中、実習生の一人がコックリ、コックリ居眠りをはじめた。横で見ていたメンバーのGさんは「(身体は)大丈夫? 疲れてるんやね。きのう、あんまり眠ってないのんとちがう?」と声をかけて優しく実習生をねぎらっていた。<その2>
メロンパンづくりの中で、メロンの皮をローラーにのせるのが大好きな仲間を抑えてHさんは言った。「この人(実習生)は今日で(実習が)終わりやから、この仕事させてあげなあかん。あんたはまたできるから他のことしいや」。心の大きいメンバーたちに出逢えた幸せを改めて感じている年の初めである。No.27 NO9
パンジーだより
コミュニケーションについて![]()
パンジーでは「ヘルパー研修会」が行われており、私も講師をつとめている。与えられたテーマは「コミュニケーションの難しいメンバーとの関わりをめぐって」である。コミュニケーションは一般的には「伝達」とか「意志の疎通」とか訳されるが、私は『インリアル・アプローチ』(竹田・里見編著)で定義されている「ことばあるいは他のさまざまな手段による人間相互の交流と理解のプロセスであり、話し手と聞き手との間に交わされる伝達のプロセスを含むものである」が気に入っている。
実際、コミュニケーションの難しいメンバー(ことばの有無だけでなく)は多いが、関わる側の方はどうだろうか。ひとつの場での理解や関わりだけでなく、共有する時間や状況の経過も大事にしているだろうか。確かにことばは便利なコミュニケーション手段ではあるが、心の交流が伴わないと空虚なものになる。また、ことばに頼りすぎると真の感情や意図を読みちがえることもある。一方、話しことばを持たない人が、さまざまな手段でコミュニケーションを行っていても、聞き手側の感度が鈍いとキャッチできなかったり、できても反応が乏しいと彼等の伝達意欲を低下させてしまう。そこで先回の研修会では、関わる側のコミュニケーション能力を高める試みを行った。行事の一場面でのメンバーの表情や声、全身の動きから彼の気持ち、要求、意図などをどれだけキャッチできるか、VTRを見ながら参加者が発表しあった。ビデオなどの記録は、スタッフやヘルパーの力量を高める有効な手段でもあり、もっと活用してほしい。
演習その2は、テレビで放映されたあるドキュメンタリーの録画を使用した。研修会の参加者には主人公の挫折や母親の葛藤の場面を一時停止した短い時間に、今自分が側に居るとして彼女達にかけることばを書いてもらった。日常的には瞬間に反応したり、時には気づかずにいたりすることを、時には一時停止して相手の心を見つめなおし言語化してみるのもいいと思う。
客観的には同じ状況の中にいても、参加者一人一人の受けとめ方、ことばかけが大きく異なることも分かり、逆に自分を見つけなおす作業でもあったようだった。これからもいろいろなプロセスを経て、メンバー、スタッフ、ヘルパー各々が理解し合える、伝えあえる関係がきずけたらと願っている。
NO.28 NO10
パンジーだより
言葉とコミュニケーション 1![]()
「ことばさえ出れば」は、お母さん方から何度も聞いた切実な願いだ。子供が幼かった頃は、ことばさえ出れば多くの心配事は解決すると期待されていた。成人した今は、要求が周囲の人にわかってもらえない息子のいらだちや悔しさを思んばかってのことだ。話し言葉がそのままコミュニケーション能力につながらないことは百も承知で、それでもD君のお母さんは言う。「ことばが欲しい!!」と。
ことばに関しては、@話しことばのない人 Aことばはあるが伝達の下手な人 Bマヒなどで話すのが困難な人 C話したくない人 D話がしたいので、同じ話を繰り返す人などメンバーはそれぞれに苦労をしているようである。今回は話しことばを持たないBさんとのコミュニケーションについて報告する。
彼女は時にスタッフの顔をのぞき込み、笑顔で視線を合わせる。スタッフが動かないと強引に手をひっぱって欲しい物の前あたりへ連行するが、直接物へアプローチしたり指さしすることはない。彼女のお気に入りはヒモかラジカセの音楽なので、スタッフは容易に彼女の意図を推察することはできるのだが、たとえ達成できなくても彼女はニコニコ笑っている。そしてもう一度最初からアタックするのだ。それも彼女なりに意図が達成されそうな人(スタッフに限られている)を選んでいる。本当に欲しい物だけにしろスタッフへの働きかけがこれほど持続し焦点づけられてきたのは注目すべきことだと思っている。
一方でここ半年位、Bさんとの作業の中で「1つ ちょうだい」を繰り返しやってきた。トレイの中のハンガーの部品を私に手渡す行為でもってこちら側からの要求に対する反応を確かめたい、と考えている。最近では6割ぐらいの確率で1つだけをつまむことができるが、こちらが手を出して受け取らないとそのまま落としたり放り投げたりしてしまう。私はその都度「ハイ ありがとう」「あっ残念」「惜しいなあ」など相づちをうちながら彼女からの手渡しを促している。物を介してのやりとりで人とのコミュニケーションの存在と楽しさに気づいてくれたらと、私は人差し指を1本立てたおちょうだいの手話(?)で彼女にしつこく迫っているのだ。
ところが、そんな努力とは無関係にBさんは居ながらにして人を優しくする力を持っている。他の人の名前はほとんど知らないI君も彼女の名前は言えるくらい皆が声をかけている。不機嫌なJ君も彼女の顔を見るだけで柔和な顔つきになる。そんなBさんに何を今更と思いながら、横に座った時はやっぱり「1つちょうだい」をやっている私である。次回よりしばらく、言葉とコミュニケーションについて考えていきたい。
No.29 1998年8月14日発行 NO11
言葉とコミュニケーション2![]()
今回は、言葉は出るが、コミュニケーションの道具として用いるのが下手なメンバーへのかかわりを報告しよう。
最近さをり織りを始めたK君、棚から好きな糸を選んでは「ダークブラウン」とか「ミント」とか、微妙な色調にピッタリの言葉を使うのでいつも感心するのだが、彼は別に色の名前を伝えたいのではなく、「ミント」は「シャトルの芯棒にミント色の糸を巻くので手伝ってほしい」という要求の表現である。この意図が理解されないと、彼は落ち着かない。
「サントリーの提供でおおくりしました」など、コマーシャルが口癖のLくんはハンガー組立のベテランである。彼は一人壁に向かって(周りの刺激を制限して)仕事をしているのだが、時々皆の所にやってきてウロウロしたかと思うと、少なくなっている部品を、メンバーの頭越しにドサーッと補充していく。また出来上がったのが机の上にあるとこれも何も言わずにかき集めて引き上げていく。L君にとっては自分なりの仕事の手順なのだが、前ぶれのない彼の突然の行動に、車イスに座っているM君は身体を硬直させて驚くことがある。
I君も自閉的傾向のあるメンバーだが、特定の人への関心は高く、E君にはいきなり背中を叩いたり、Bさんにはポロシャツの上のボタンを急につかんではめたりする。特異なのは行為そのものではなく、そのようなかかわりが行われる状況(文脈)が欠如していることと、その荒っぽさ(力加減のなさ)である。I君はいつかスタッフがそのメンバーにかかわったやり方をみて、きっと同じことを手がかりにしたのだろうと推察できるが、E君やBさんにとっては降ってわいた出来事でびっくりしている。
ことような光景はパンジーでは珍しくないのだが、決して大きなトラブルにはならない。それはかかわる方もトラブルにならないような相手を選んでいるし、また周りのメンバーたちも彼らの突然の行為を悪意があってやっているのではないことを理解しているからである。私は寛容なパンジーの仲間たちが大好きだが、このままではせっかくの言葉をコミュニケーションに使う機会を逸していることになる。
そこで、@人とかかわる時や自分の要求を伝えたいときに使うセリフを覚える。Aメンバーやスタッフの名前を覚える大作戦をはじめた。「おおむ返し」は彼等の得意とするところだから、いささか切り口上ではあるがすぐ覚えてくれる。例えばL君の場面、部品を補充する時は「ゴムハメ お願いしまーす」。休憩時には「カンコーヒ 買いに行ってきまーす」など。ただし応用が効かないので、その都度目的にかなう言葉を練習することになる。人の名前に関しては意外に知らない。関心がないのなら、名前を覚えることで関心を高めようと側にいる人の名前を繰り返し教えている。その上で人とかかわりを持つときには、まず名前を呼ぶことで相手の注意を喚起できることを身につけてほしいと願っている。
NO.30 1998年12月16日発行 NO12
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言葉とコミュニケーション3![]()
今年も7月末に「コミュニケーションの難しい人のワークショップ」が行われた。プログラムは毎年少しずつ異なるものの、同じ場所での三回目ということで、メンバー達はのびのびと楽しむことができたように思う。私にとっては、年一回メンバーのお母さん達とひざを交えて話し合えるよい機会でもある。お母さんは夜のその会のためだけに、はるばる生駒山上まで来てくださる(もちろん少しのビールとささやかな定食もついてはいるが)。同じような立場の親同士の気安さか、今年も最終バスの出発間際まで話題は盛りだくさんだった。
今回はその中で出された「おうむ返し(エコラリア)」について考えてみよう。
ある日のわくわく活動でのこと、N君はプールのすべり台が好きで、急流すべりを楽しみに参加した。一回すべった後、「怖かった?」と聞くと、「怖かった」と答えたため、すべり台を中止しましたとのガイドヘルパーの報告に、母親としては「もう一回すべりたい?」と聞いてほしかったと笑いながら話されていた。きっと怖そうなN君の様子に、ガイドヘルパーさんは大丈夫かどうか確かめたのだろうが、N君はその意図が分からなかったし、ヘルパーさんも自閉症の人のエコラリアについての理解が足りなかったと思われる。
前号の『パンジーだより』では、自分のメッセージ(やりたいこと、やってほしいこと)の伝え方について書いたが、自閉症の人にとってより困難なのは、自分に言われたことを理解することである。
例えば「怖かった?」では「怖い」という言葉の意味だけでなく、今すべったプールの急流という手がかり(文脈)があってはじめて質問の意味が理解できるのだが、彼らはその手がかりに気づいていない。だから何を聞かれているのか分からないことが多い。
おうむ返しは、会話しなければならない状況にあって、相手のメッセージが理解できない時の、彼らなりの応答なのではないだろうか。彼らはまじめに応答しようとしているのである。英会話の苦手な私も、相手の言っていることが理解できないときは、最後のフレーズを繰り返せと教えられた経験がある。会話を進める相づちのようなもので、自分はパスして相手に次の出方をゆだねるのである。
エコラリアは相手の話を分かった上で、それを肯定する答えとして出てくる場合もあるが、言われたことを理解していないときにする方が多いようである。だから彼らの理解を助けるために、言葉だけでなくもっと分かりやすい目に見える手がかりを積極的に使いたい。
N君の例では、すべり台の写真がのっているパンフでもあれば、それを使って何がしたいのかを確かめる方法もある。怖くてもやりたい、怖いからやりたいことだって人間にはあるのだから・・・・。
No.31 1999年2月22日発行 NO13
続・ちょっといい話![]()
あけましておめでとうございます。本年も、 どうぞよろしくお願いいたします。
新年というわけでもないが「言葉とコミュニケーション」は、一回休みにして、今回もちょっといい話を紹介したい。
昨秋のパンジーには、平均年齢68歳の老人が大勢やってきた。大阪府老人大学の受講生で、私のクラス(福祉科)の皆さんである。「福祉は頭だけでなく、心と身体で学ぶもの」を実践してもらったわけだが、メンバーとスタッフには、大変お世話になった。初めての実習にほとんどの人が不安な気持ちで参加し、そして予想以上に疲れて、それでも楽しかったと、老大生は今でも折りにふれ、メンバーたちとのふれあいを語っている。1年前の『パンジーだより』にも若い実習生のことを書いたが、さすが今回は年の功(?)メンバーたちへのかかわりやコミュニケーションによく努力していたように思う。以下は実習レポートからの抜粋である。
★玄関で訪問したことを告げると、奥の方から“待ってましたよ”とばかりに声を上げて喜んで出迎えてくれたことに、まずびっくり。職員の説明の間も、私どもの名前を一生懸命に覚えようとしてくれるメンバーに感動に似た思いがした。
★ラジカセの前で膝を抱えてしゃがんでいる目の不自由な人は、私がテープを聞かせてと頼むと、なれた手つきで機械を操作し、「誰の曲?」と聞くと外国の人の名前を教えてくれた。孤独を楽しんでいるのではなかったのだ。
★近くのメンバーに「何しているの」と声をかけたら、奇声をあげ興奮状態になった。熱い鍋が近くにあったので、火傷をしないように祈る思いで、接し方の難しさをひしひしと感じた。彼に申し訳なく、今思い出しても胸が痛む。
★ハンガー250本組み立てて工賃5百円とか。採算を目的としないのなら、教育が目的なのか。職員はどんな信念を持って仕事をしているのだろうか。
★パンを買って帰り、家族友人たちと食べた。とても好評だった。これからもおいしいパンを作ってください。
★区役所の玄関でパンやクッキーを販売している障害者たちがいる。ほとんど人は見て見ぬふり。私もそのひとりだった。このあいだ区役所へ行ったとき、私は立ち止まって少し話をした。今までのように素通りできなかったのである。彼らは生野区の施設の人で、パンジーの話をしたら「知っている」と言っていた。
★家の近くに、道で出会うと必ず時間を聞く子、個々の家の玄関の戸を点検して歩く子がいるが、彼の行動が理解できるようになった。パンジーでの実習、本当によかった。
改めて、メンバーとスタッフに感謝したい。府下各地に住む老大生を通して、障害をもつ人たちへの理解と交流の輪が少しでも拡がれば、こんなにうれしいことはない。
No.32 1999年6月8日発行 NO14
言葉とコミュニケーション4![]()
パンジーだより
NO30では、状況の手がかり(文脈)がつかめないと、相手の話の意図を理解することが困難で会話が成立しにくいことを述べたが、それは自閉症の人だけに限った問題ではない。対人関係が良好で、コミュニケーション意欲も言葉も持っているにもかかわらず、会話を維持したり、拡げたりすることの苦手なメンバーがいて、彼等もやはり今共有している状況を利用していないと思うことがある。今回は言葉のキャッチボール会話について考えてみたい。パンジーに着くと、決まって二人の男性から話しかけられる。内容はいつも同じ質問と報告で、Oさんは「昨日何食べた?」「何時に寝た?」「今度の“わくわく”晴れるかな?」で、Pさんはかかりつけの診療所へ行くのにいつも場所が分からない話である。彼等は実に愛想よく語りかけてくるが、私の答に対する反応はなく、一方通行の話で終わってしまう。それにしても、唐突に始まり、何の脈絡もなく話題が変わる彼等の会話は、初対面の人なら大いに戸惑うことだろう。
彼等も固定した場面や慣れた状況の中ではもっと言葉のやりとりが可能と思われるが、自由な状況や時々出会う私のような人との会話では、手がかりがつかめずに、それでも話をしたいと思うから、自信のある話題(以前に好評? だった)を一方的に繰り返しているのだろう。
だから、前述の話もOさんPさんの 積極的な努力だと受け止めて、私もいろいろ考えて答えるようにしている。時には逆に同じような質問をしてみたり、話の続きをたずねたりしてみる。彼等は立場が変わると明らかにトーンが下がり、やっぱり自分の得意な話題に変えてしまうことが多い。パンジーには同様に笑顔で迎えてくれるベテランメンバーのQさんがいる。彼女は私に「今日はおしゃれしてますね」とか「Bさんがお待ちかねですよ」と必ず今の状況を上手にとり入れて話をする。お互い共有する場がそこに存在する中での会話は自然だし、理解しやすいし、どの方向にも拡げても話のキャッチボールが可能である。
このようにコミュニケーションの中に相手の様子や、共有の場面、話の流れなどをうまく手がかりとして取り込む力は、知的な能力とはまた別のやはり生来のものと考えるが、家庭や学校でも「コミュニケーション」を育てる教育を意識して行う必要があるのではないかと思う。「質問と答」のような一方通行ではなく、ちょうどキャッチボールの練習をするように「コミュニケーション」の練習をしていきたい。
Oさんの話を聞きながら、私は保育園での場面を思い出す。保母さんは家庭との連絡ノートを見ながら毎朝決まって子どもたちに質問するのだ。「朝、何時に起きましたか」「朝ごはんは何を食べましたか」・・・・・。
No.34 1999年9月25日発行 NO.15
言葉とコミュニケーション5![]()
今回は、言葉もコミュニケーション能力もあるが、対人面での不安や緊張から話すのを抑えているメンバーについて考えてみたい。
私がパンジーとご縁になって、もう3年以上になる。毎週本当にいろんなことがあって、おかげで多くのメンバーと気持ちが通じ合える(言葉やコミュニケーション能力とは関係なく)ようになったが、まだまだ距離があってきっかけのつかめない人たちもいる。
パン屋で働いているRさんもそんな一人だった。「おはよう」と声をかけると、プイと横を向いてしまう。はじめのうちは私のような新参者(しかも週一日のうえに、ほとんどクリエイティブの部屋にいる)に対して警戒的なのはごく自然なことと受け止めていたが、どうもそれだけではなさそうである。昼食時、大勢のメンバーを避けて部屋の隅のテーブルで、それでもなお人目を気にしながら食べている彼を見ていると、対人面での強い不安や緊張が感じられる。そんな時は慣れたスタッフが声をかけても、身体を硬くして首を横にふったりするだけである。また大声や奇声になったりすることもある。彼は人への関心は高いのだが、リラックスできる人は限られていて、集団の中ではきゅうくつそうなのだ。
彼が安心して話のできるメンバーの一人にSさんがいるが、私はSさんがパンジーで話をするのを聞いたことがない。Sさんはおだやかな感じの人で、私も座っている時、後ろからそっと肩を抱かれたことがある。またSさん自身が書いた日記を見せてもらったこともあったが、ノートいっぱい生き生きと言葉が並んでいるのに驚いた。人当たりのいい彼女でも、話す行為になるとやはり緊張や不安が強くなるのだろうか。
Rさんとはさりげなく横に並んで給食を食べることから始めて、一緒にショップまで出かけられるようになった。一緒といっても道中でもショップでもいつも適当な距離を保って、直接目を合わすことを避けた状態ではあるが、それでもポツリポツリ彼の心配ごとを話してくれる。彼はショップで何を注文するわけでもないが、この肩の力のぬける時間がいいのか、毎週顔を合わせると「ショップ行こな」ということになる。
いつの日かSさんとも話がしたい。会話そのものよりも、彼女の内なる言葉が気楽に出てくる、そんな関係をさりげなく気長く待ち続けたい。
No.36 2000年2月16日発行 NO.16
言葉とコミュニケーション6![]()
この夏、静岡で開催された日本発達障害学会で、興味あるシンポジウムがあった。題して「日米高機能自閉症者の対話」。
アメリカからは『我、自閉症に生まれて』の著者であり、現在コロラド州立大学準教授のテンプル・グランディン博士、日本の代表は『変光星回想--ある自閉症の少女期』の著者であり、シンガー・ソングライターやグラフィックアーティストでもある森口奈緒美さん。
数年前にこの2冊の自伝を読んだとき、自閉症の子どもたちと接する中で30年来想像してきた独特の世界が、具体的な体験世界として本人のことばを通して語られていることに感動した。高い知的能力を有しながらも、生来の社会性、コミュニケーションの障害、こだわりの強さなどで集団場面でのトラブルが頻発する様子が、本人の立場から訴えかけていることにも衝撃をうけた。
この二人がどのような対話をされるのか、会場は自閉症の人や家族も含めて超満員だった。二人は並んで座っていても直接顔を見たり、話しかけたりすることなく、司会者が二人に同じ質問(文章でもってあらかじめ提示)をして各々が答えるという形で進められた。
幼児期の体験、周囲の人への注文、障害告知の問題、メタ・コミュニケーション能力(注)欠如の克服、薬の効果、フラッシュバックの対応、人生の喜びなど期待以上の話が聞けて多くの示唆が与えられたことを感謝している。いろいろ伝えたいことはあるが、ここでは、コミュニケーションについての話を続けたい。
グランディンさん自身は、メモリーは多いのに処理能力の小さなプロセッサーで、二つのことは同時に処理できないと言われたが、講演も堂々とした一本調子で、笑顔も会釈もなかった。人の目や表情が口ほどにものを語ることに気づいた(メタ・コミュニケーション能力)のは5年前のことで、今でも自分がそれを使うには前もってリハーサルが必要とのこと、人とのつきあいは劇を演じるようなもので、とても疲れるのだそうだ。森口さんも相手の目をみていると、その人の話に集中できないとのこと。また、相手の気持ちが分からないので、励ましのコトバも押しつけに感じてしまう。常識辞典があれば助かるのにと、彼女は下を向いて一人ブツブツ話される。マイクに向かって話してほしいと司会者に注意されていたが、話すのは苦手で文章を書くほうがよほど楽なんだそうだ。夜の懇親会で、耳栓をしながら参加者と話をしている森口さんを見て、私はふとパンジーのYくんのことを思い出していた。
(注・・・メタ・コミュニケーション能力とは、コミュニケーションをうまく進めるための、ことば以外の種々な情報を察知する力)
No.37 2000年5月26日発行 NO.17
言葉とコミュニケーション7![]()
コミュニケーションがなければ、人間関係を形成し、維持していくことが困難であると同時に、お互いの間の関係がなくてはコミュニケーションを発展させることはできない。ということで、シリーズ「言葉とコミュニケーション」では、人間関係やコミュニケーション(言葉を含めて)のどちらかが、あるいは両方ともうまく機能しない事例について述べてきた。では、両方とも形成できる力があれば、何も心配がないかといえば、これが最も難しいことになりかねないから、複雑だ。シリーズの終わりはコミュニケーションにおける「ずれ」について考えてみたい。
コミュニケーションの成否は聞き手側が左右すると言われている。話し手がいくらがんばって言葉をつくしても、聞き手が聞く気がなければ、情報は伝わらない。また、悪気がなくても間違って受け取ることもある。それが送り手の意図とは全く逆であっても、受け手にとってはそれが相手の真実になってしまう。
これは、言葉だけでなく話し手の動きや視線にさえ、聞き手は相手の予期しないメッセージを感じることもあるのでやっかいだ。
このようなコミュニケーションの際の「ずれ」「いき違い」「誤解」はお互いの関係がまだあまり親しくない状況でも起こるが、これは解決し易い。最近相談を受けた中で感じるのは、深いつながりのある親と子の間のずれだ。絡みあった糸をほぐすのに時間がかかりそうだ。
親と子は各々に成長や加齢、生活状況等によって変化している。それに伴いお互いの予想や期待にずれが生じてくることも多い。にもかかわらず親子は何でも分かり合えるとの思いこみが、逆に親子の会話をギクシャクさせることもある。言葉によるコミュニケーションについても同様で、言葉の分かる人はその便利な言葉にふりまわされがちだ。悪口や荒っぽい言いまわしについ反応してしまう。聞き手と話し手にずれがあればなおさら言葉の裏にある本当の訴え(例えば障害や障害を持つ自分自身への腹立だしさ、将来への不安など)は伝わりにくい。親の子どもを思っての一言も、子どもは見放されたと受けとることもある。人間関係のずれがコミュニケーションを阻害し、それがまた関係を悪化させてしまう。
このように、関係がとれて、なおかつ言葉によるコミュニケーションができる場合でも、お互いが各々の真意を正しく受けとる(伝える)努力やサポートが必要である。そんなとき、言葉以外のコミュニケーション(相手との距離、視線、表情、しぐさなど)が役に立つ。真正面で向かい合うのがつらいときは、横に並ぼう。時間の経過がずれを修正してくれることもある。
今までの関係や話し手の言葉だけに依りかからず、その時、その場での関係を大事にコミュニケーションを重ねていきたい。マニュアルなどどこにもない。
No.38 2000年4月発行 No.18
パンジーUの開所を祝って![]()
パンジーUの開所、おめでとうございます。そしてフレッシュなメンバー、スタッフの皆さん、ようこそパンジーへいらっしゃいました。なんて私が言うのもおこがましいのですが、私なりに新しい出会いを心待ちにしておりました。これからは、パンジーとパンジーUで、隔週にご一緒することになりますが、今まで同様よろしくお願いします。
パンジーUの所在地は、「中新開」。私の姓とは一字違いながら、東大阪歴40年の私も初めて聞く地名でした。オープンセレモニーの時に、地元の方に聞きましたら、旧村(吉田、吉原、今米など)にかこまれた中の新しく開かれたところだとのこと。なるほど。周囲はただいま建築ラッシュ。パンジーUも新築の一戸建て住宅とマンションにはさまれています。両隣ともお互い握手ができるくらい接近しているので、これはまず、ご近所仲良くやっていくことを考えなければなりません。
もう一つの環境資源が緩衝緑地公園で、これが南北1.9qと細長くて広いのです。今のところ一般市民より散歩している犬の方が公園を満喫している感じです。気分転換、ストレス解消、体力維持増進などなど思い切り体を動かせる場がすぐ側にあるのはうれしいことです。この時期若葉と花がとても美しく、大いに活用してはいかがでしょうか。
開所前は新しい施設への期待と不安、慣れ親しんだ仲間やスタッフとの別れなどで、メンバーたちにも動揺が見られましたが、もう落ち着きをとり戻しました。と同時に新しいグループダイナミックスが生まれ、動きはじめています。パンジーUは集団力動のうずが生じやすい条件が揃っているようです。今後、この「うず」が個々のメンバーにどのような影響をおよぼす(盛り上げることもあり、引き込んでしまうこともある)か、少し注意深く見守っていきたいと思っています。
No.39 2000年7月 No.19
パンジーだより
からだ・いのちのこと![]()
パンジー、パンジーUのメンバーの持っている障害(生きにくさ、動きにくさ)は実に多様である。その多様性において、法定の通所授産施設では、たぶん日本一ではないか(別に何の根拠もないのだが)と思うくらいである。
そんな中でパンジー(Uも)では現在あるいは将来的に、地域の中でのその人なりの自立生活を見すえてメンバー一人ひとりの個別のニーズを支援する毎日が続けられている。私は、20年前、やはり法定の二つの施設の中で、一人ひとりの子どもの発達課題と地域での子どもとしての当たり前の生活を同時に支援するために、努力していたことを思い出してしまう。そして、どうぞゆっくりとがんばってと声をかけたくなる。
でも、今日お話ししたいのはそんな施設のありようではない。今までのこの頁ではふれてこなかった「からだ」「いのち」のことを、やはり個別のニーズを通して考えてみたいと思っている。
前回まではコミュニケーションの困難な人や問題行動のある人などへのかかわりについて、人間関係を中心に具体的な実践を報告してきた。これは、地域の中での生活を送る上で大きな「カギ」になると思っているからである。
でも、人間は「心」に服を着ているわけではないことも忘れてはならない。このことを改めて気づかせてくれたのは、去年のみどりさんの急逝である。メンバーたちの幼なかったころには、慎重に配慮していた健康面に対して、すっかり大きくなった彼らと接していると、私自身もどこかで安心してしまっているところがあった。一方では、仮にリスクがあったとしても、本人の望む生活のために、あえてそのリスクを引き受けるという生き方もあるだろう。
大切なのは、本人やその人の生活を支える人たちがリスクを把握し、身体のサインを読みとる力をつけることだ。障害の程度にかかわらず、メンバーの中には、身体の不快感を察知したり、不調を訴えることの下手な人たちも多い。でも、医療スタッフが側におれば解決する問題ではない。彼らのニーズをつかむ力を持っているのは、日々かかわっているスタッフやヘルパーだからである。
その上で、かかりつけのドクターや訓練士に支援の輪に入ってもらおう。「からだ」「いのち」に関する課題を明確にし、具体的なかかわりの手だてを一緒に考えてもらうためにである。
私にとっても知らないことの多い分野ではあるが、これからケースを通して報告したい。
No.40 2000年9月 No.20
パンジーだより
からだ・いのちのこと(2)![]()
からだ、いのちの基本は食べること、出すこと、寝ることである。快食快便快眠は健康の指標といわれるが、メンバーの中には、この基本的なところでつまずいている人も少なくない。
数年間、自宅で引きこもり状態だった
Uさんが、4月からグループホーム(以下、GH)での生活とパンジーUへの通所を始めた。その間の経過については、『パンジーだよりNo.37』の巻頭に書かれているので省略するが、彼にとっての最初の課題は生活リズムを整えることだった。朝から疲れた、しんどいと机に伏している。食欲がない、少し動くと息切れがする、体温を計ると35度6分。昼夜逆転していた生活が一変し、自律神経失調状態だ。まず、身体を暖めようと、調理師さんに甘いミルクコーヒーとおかゆをお願いする。元気の出る薬だからと、一口ずつスプーンで食べてもらううちに、悪かった顔色に赤みが出てくる。やっと身体が目覚めて、日々の活動ができる状態になってきた。
パンジーU通所のために、彼の意志に反して無理に起こしても、食べたくないからと朝食抜きのままでは、生活リズムは整いにくい。食べたくない動きたくないのは、決して彼のわがままではないことを認めつつ、無理にでも食べること動くことが、こんな場合は必要だ。あれから4か月、昼食の食べっぷりもよく、体調不良感を訴えることも少なくなった。
同じようにGHの常連であるVさん。彼女は週末は自宅で過ごしている。帰宅するとすぐ決まってコロコロの便がでる。夜中も含めて数回鹿のフン状態が続いた後、日曜の夕方になってやっと普通の便になるとのお母さんの話。GHやパンジーではほとんど排便をしてない。今のところ、便秘による健康上の問題はないようだが、彼女がこんな状態でいることを複数の介護者達は知っておく必要がある。食欲や排尿、睡眠の妨げになることもあるし、時には腹痛や発作の誘因にもなるからである。その上で、自宅以外でも排便できる環境づくりや手だてを考えていかねばと思う。
食べること、出すこと、寝ることは身体だけでなく、心の状態も左右する重要な行為であることは皆よく知っている。けれど、あまりにも日常的で個人的なことなので、よほど健康管理が必要な場合でない限り、多分親ですら、いちいちチェックしていないのが普通だろう。
自立生活やGHで過ごす人たちにとっては、余暇活動や金銭のこと、人間関係などもっと気になることがあり、支援者もその方に力を尽くすことになる。1日ぐらい食べなくても出なくても(尿閉は別)寝なくても、それほど気にすることではないが、日によってスタッフが異なる場合は、様子を見続ける目と状況に応じて即応できる体制はやはり必要だろう。
逆に過食や失禁のケースもある。しばらくこの話を続けよう。
パンジーだより No.42 2001年6月発行 No.22
ちょっといい話 「一緒に座ろう」![]()
「からだ・いのち」のシリーズで今回は排泄の予定だったが、新年早々おしっこやうんこの話もなんなので、やっぱり新世紀も「ちょっといい話し」でスタートしたい。
昨年末、久しぶりにパンジーの忘年会に参加した時のこと。会場に入ると、A君がすばやく私を見つけて「一緒に座ってな」と頼みに来た。パーティ準備のためにメンバーやスタッフが忙しく立ち動いている中で、私が一番暇そうで頼みやすかったのかもしれないが、彼がこんなに素直に力を貸してほしいと言えるようになったのがうれしかった。
A君と並んで席に着くと「忘年会は初めてやから」という。「初めてでちょっと心配やったから一緒に居て欲しかったんだ」と私。「今年はいっぱい初めてのことがあった」「本当にいっぱいあったよね」「パンジーやろ、グループホームやろ、和歌山やろ、千葉へも新幹線で行ったし」「すごい一年やったね」。
彼にとっては忘れられない年になった。多くの人の支援があって、彼は着実に人間関係や生活範囲を拡げていった一年だった。でもまだまだ、初めてのことには不安や戸惑いが先だつのだ。どうしてよいのか分からないことも、うまくやれないこともある。
そんな時、だからやらない、だから自分はダメだ、そんな自分を認めたくないではなく、分からなければうまくできなければ、周りの人に教えてもらう助けてもらうことが出来るようになった。
これは簡単なようだが、世の中にはこれが出来ずに苦しんでいる人が多く居る。もちろんパンジーにも、パンジーUにも。何よりありのままの自分を受け容れることが難しいのだ。また自立を志向する人ほど、依存をマイナスにとらえがちである。
河合隼雄氏の著書(『こころの子育て』)の中から一部を引用したい。
───依存のない自立は孤立というべきで、それでは(周囲の人との)関係が切 れてしまっている。大事なのは、自立と依存とを全く対立することとして考えないこ と、誰かに適度に依存している人こそ自立しているというか、自立は適度な依存によって裏打ちされていると言ったらいいいか───
実際にA君の横に座っていると、彼はこと細かくいろんなことを質問したり、承認を求めたりしてくる。何をどれだけ飲み食いしたらよいか、知らないメンバーの名前やハプニングの説明、プログラムへの参加の仕方など、このようにして彼はパーティを楽しく過ごす方法を覚えて行く。でもライトが消え、ミラーボールがまわるダンスタイムだけは、どうしても参加できずにうつむいていた。
それでいいと思う。忘年会は今年もある。
パンジーだより No.43 2001年6月発行 No.23
オシッコの話し![]()
知っている人はよく知っているし、知らない人は全く知らない(アタリマエ!)ことですが、私の夫は東大阪市療育センターの初代センター長(1980-1981)で、その前は金剛コロニーの療育部長(1976-1979)で、その前もその間もずーと泌尿器科の医師でした。だから、当然のことながら「オシッコ」には少々うるさい、量とか色とか出方とか。彼曰く、健康なオシッコは決してきたなくない。汗と一緒でなめても平気、その上オシッコはえらい、身体の不調を教えてくれる。オシッコが出なくなると命にかかわる、まさにオシッコサマサマなのだと。キャンプの時など、紙コップの代わりに尿検査のコップを平気で使ったりする人でした。泌尿器科医が知的障害児の療育にかかわるようになったのも「オシッコ」でした。
1960年代、養護学校に入学できたのは、3日間の選抜観察に合格した子どもだけ。障害の重い子どもを教育するのは施設しかなく、そこさえも排尿の自立が条件になっているところがあった。1974年、当時二分脊椎の子どもたちに排尿のコントロールの治療や訓練をしていた夫のもとに、知的障害の子どもと両親が思い余って相談に来たという。「オムツがとれないと施設にも入れない。わしら年とったらどうしよう」と。 16才の息子のおしりにはいくつかのお灸の跡が痛々しかった。
知的障害が重いというだけで、学校からも施設からもその前に医療スタッフからも、その果てに親からも切り捨てられている子どもがいる。医師になって16年、自分も今までその子ども達に何もしてこなかった−−この痛恨の思いが夫をして知的障害をもつ人の側に居てその生活を支える医者になろうと決断させたのです。
すっかり前置きが長くなりました。「オシッコ」の話になると、どうしても亡夫のことが思い出されて私自身も熱くなってしまいます。もっと続きを知りたい方は、向井承子著『たたかいはいのちの果てる日まで』を読んで下さい。
障害の重い人たちは、身体の不調を訴えにくく、特に尿路系の病気はなかなか症状が出なくて、潜伏しながら悪化する。時にはオシッコに敬意を表して、色.臭い.量.出かた回数などに注目してほしい。
Bさんの場合、急に失禁が多くなり、そのためかイライラしたり落ち込んだりしていた。泌尿器科受診の結果、前立腺炎と判明、服薬治療で情緒的にも安定してきた。医師の話では脳性麻痺の人は発生しやすいとのこと。訴えはなかったが、それまでも不快感等あったかもしれない。Cさんは時々コーラ色の尿が出る。はじめは血尿かと思ったが、尿検査の結果、ミオグロビン尿症が疑われている。今、家族とともに腎機能を守るための対応を考えているところである。
パンジーだよりNo.46 2001年6月発行No.26
無駄に過ごす時間![]()
今年の「ちょっといい話」は、辻信一著『スロー・イズ・ビューティフル』の中から引用したい。
*1 成長、景気、GDP、効率、競争、大量生産、大量消費、大量破棄、開発、科学技術、IT、遺伝子工学。思えば、これらを合言葉とするぼくたちの社会は、実はぼくたちの身体性や日常生活や文化をめぐる夥しい数の否定形によってこそ可能になったのです。それまでのぼくたちの慎ましやかな経済は、生業は、生活の技術は、伝統的な知恵は、食生活は、人と自然とのつながりは、人と人との結びつきは、愛は、美意識は、身体性は、あまりにもスローなものとして否定され、卑下されて、いわばそれらの残骸の上に、「豊かな社会」という名の怪物は栄えました。今、その怪物はさらに巨大化、加速化、グローバリズムとなって世界を席巻しています。だからぼくたちの社会は、時代は、自己否定や自己嫌悪という呪詛に満ちている。スロー。イズ・ビューティフルは、その呪縛に対抗しそこから自らを解き放つための、自前のまじないあり、処方箋であり、心構えであり祈りでもあります。
著者はその処方箋の一つとして「疲れ、怠け、遊び、休むことの復権」をあげている。時間を「無駄に過ごす」ことを自分に許すことだ。*2 動物や植物が感じるように疲れ、それらが休むように休み、それらが眠るように眠る。この根源的な快楽に立ち戻ったところで、もう一度自分の欲望や欲求の棚卸をやってみる。その上で、またひとつひとつと積みたいものはゆっくり積み上げていく。「一年の計は元旦にあり」というのに、年頭から「効率的でない話」ではあるが、前回No.45−眠りたい寝られない−の続きということで、お許しいただきたい。 メンバーの中には、自分の「体の時間」と「社会の時間」のギャップに疲れている人たちが居る。それでも彼らは、社会のペースに近づくことがいいことで、怠けたり、遊んだり、休んだりすることは、低い評価しか与えられないことを身にしみて知っている。「がんばれない自分」「早くうまくできない自分」にも肯定的になれない。がんばりたいけど、がんばれないイラダチが、ある人は攻撃的になったり、不機嫌になったり、人によっては引きこもりになったりもしている。そんな彼らが、堂々と無駄に過ごす時間を持てるようになった時、自分自身を取り戻したように思えた。
彼らと接していて、これは決してメンバーたちだけの問題ではないと思った。生きにくさを感じている人が私も含めて如何に多いことか。
加速する社会にあって、私たちは「留まること」に怖れや不安や、罪悪感すら感じるようになってしまった。しかし、動けば動くほど「共に生きること」はむずかしくなる。こんな時代だからこそ、私達ももっと「ゆっくり」動きませんか。疲れを自覚し、肯定し、無駄といわれる時間を過ごして、自分を取り戻しませんか。
*1 *2 『スロー・イズ・ビューティフル』辻信一著より引用
No.472002年9月発行 No.27
暑かった昨夏の終わり、仕事中にもかかわらず眠りこけているメンバーを見ながら、眠ること、休憩することについて書き始めたのだが、今年も早や夏日の到来である。
新年度になり、新しい仕事、新しいメンバーも加わった。また、仕事の場所や内容が変わった人もいて、皆いささか緊張気味である。緊張が仕事への意欲につながっている人も、身体の不調を訴える人もいる。もちろん、どこへ行こうが何をしようが全く変わらない人もいる。
このように環境の変化に対する適応のプロセスは、それぞれその人らしさが発揮されるので、メンバーもスタッフもお互いを理解するのによい機会だ。張り切りすぎている人も心身症気味の人も、退行している人、少し落ち着かない人も、1〜2ヶ月もすれば、新たな心の居場所を見つけていくだろう。そのためにも、この時期は前回紹介したように社会のペースではなく、各々が自分の身体のペースに合わせて、ゆっくりじっくりやっていってほしい。
眠りや休息は、生命維持に不可欠なものだが、前回にも書いたように、仕事中のそれは怠惰や逃避などと否定的な評価になりやすい。Eさんは、とっても気だるそうなときですら率先して仕事をする。無駄な時間を過すような自分を認めたくないからだ。しかしイライラしていて攻撃的な言動が目立つ。「しんどいときは少し休んだ方がいいと思うよ」と声をかけたら、「そんなことできません!」とどなられた。そんな彼女も指にケガをして仕事がやりづらかったとき、初めて自分から横になってリラックスしていた。彼女なりの大義名分で堂々と休むことが出来たのだろう。こんな機会の中から、社会の価値観ではなく、自分のからだと心のここちよさに気づいて、生きるペースにしてほしいと思った。
will not(やる気がない)と can not(出来る状態ではない)を見分けるのはむつかしい。睡眠不足や疲労、薬の副作用等で脳の働きが鈍くなると、自分に関係のないものや音にも過敏に反応して多動多弁になり能動的に見えるからである。こんな時は、出来るだけ外からの刺激のない場所で、本人の最もリラックスできる姿勢(体を動かす人もいる)で、慣れていること(安心して出来ること、何もしないことも含まれる)をしよう。就眠できればいいが、出来なくてもよけいな混乱を予防することになる。
逆に睡眠はとれているが、うまく覚醒できないまま動いている場合もある。朝から食欲がなく機嫌も悪く仕事にものらない。こんな時は、血液の循環をよくして、脳の活性化を促すようなことをしたい。例えば、好きな食べ物や遊び、散歩、カフェイン入りの飲み物(コーヒーとかドリンク類)熱めのシャワーなど。
本来、怠けたくて怠ける人間はいないのではないか。仕事中ブラブラしたり、眠ったりするのは、それなりの理由があるはずである。いや、それなりの意味があるのかもしれない。パンジーだより No.49 2002年11月発行
九月に入ったのに、まだ暑い日が続いているが、でもいつの間にか蝉の声が虫の音に移っている。そんな秋風が待ち遠しい昨今、パンジーおよびパンジーUの皆は元気だ。
パンジーUのちょっと横になるのに格好の小部屋(なんとパンジーにもできたのだ)も今年は空いていることが多い。去年よく寝ていた人が、今春、ザ・ハートやパンジーへ異動したこともあるのだが、もっと大きな理由は、メンバーの入れ替わりに伴い、仕事の内容をゆったりしたものに変更したことだ。
弁当が使い捨ての容器になったので、弁当箱の回収や洗浄などの仕事が無くなった。午前中は配食の弁当作り、ハンガー組立、園芸の仕事など、各々がんばっているが、午後から日によっては好きなことに挑戦する時間ができたのだ。営業や買い物に出かける、水泳にトライする、ジグソーパズルに夢中になる、階段を上がって二階へ行く、音楽に合わせてダンスをする、マンドリンをつまびく、アニメの主題歌を唱う、もちろんハンガーを組み立て続けるなど、色々なことをやっている。
授産施設の仕事中に何をしているのかと居眠り同様にあきれる人も多いことだろうが、私はもっともっと絵をかいたり、粘土をしたり、プラチェーンでアクセサリーを作ったりなど、一人一人が楽しめるアクティビティーを見つけたいと思う。
好きなことに夢中になっている時は、誰でも脳が活性化して、眠くもならないし、寝ぼけてもいられない。皆イキイキとしていい笑顔で、行動抑制も効く。問題行動も起きない。こんな時間は、ぐっすり眠る時間と同様に誰にとっても不可欠なのだ。
私は、メンバーのケア会議に時々参加させてもらっているが、その時は「夢中になれる好きなことの有無」を確認することにしている。障害があるために、そんな好きなことに出合う機会が与えられなかったり、自分で見つけることができなかった人もいる。また、夢中になっていることが、つまらないこと、年令にふさわしくないこととして、否定されたりしていることもあるようだ。
最近の研究で、青年期以降の自閉症の人の状態を決定している要素として、生活の中での習慣的役割と自由時間や一人の時間を過ごす「好きなこと」の有無が指摘されている。 自閉症の人だけでなく、一人一人が夢中になれるものを見つけていくのも、パンジーの大切な仕事ではないかと思う。私はそれを心の棚卸と呼んでいる。機会が用意されると自分では気づかなかった自分の欲求が見つけられ、支援者とともにチャレンジしたり、達成感を味わうこともできる。本当ならその上で何がしたいか、何ができるかを考え、1つ1つ積み重ねた延長に仕事や就労がある筈である。
しかし現実は、そう甘くない。授産施設も企業も、一人一人に合った仕事など用意されていない。いかに仕事に自分を合わせていくかで、皆苦労している。そんな中で疲れやイライラが生じてきているのだ。だからこそ、好きなことを思い切りやれる時間が必要なのだとつくづく思う。
パンジーだより No.50 2003年1月発行
三枚のお札
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私の出勤日である月曜日は、行事の代休になったり、祝日だったりで、休みになることが多い。特に昨年の秋はそんな日が続いた。
1ヶ月もごぶさたをすると、その間にいろいろなことがおきている。
なんてったってKさん。就労に向けての職場実習でがんばっているという。自転車通勤だそうだが、支援者が追いつけないなんて、いかにも彼らしい。私がパンジーに来て最初に相談を受けたのが彼で、なかなかじっと座っていられなかったことを思い出しながら、彼の仕事ぶりを想像する。とってもうれしい。初めての発作のおきたTさん。主治医は専門外ということで、療育センターは18歳以上ということで、市民病院はじっとしていないということで、診察や検査を断られたとの事。結局奈良まで行った話を聞くと、20数年前とあまり変わらない状況に腹が立ってくる。
1ヶ月という時間は、新しいメンバーのMさんにも大きな変化をもたらした。10月に初めて会ったときはまだパンジーになじめず、1人で帰ろうと脱出を試みては、それを阻止するスタッフを蹴ったり、頭つきをしたり、暴言をはいたりして抵抗していた。彼の見かけの温和しさやゆっくりとした動きと抵抗の際の心的エネルギーのギャップに皆戸惑っていたのである。
そんなMさんも、すっかり落ち着いて作業にも加わっている。彼にとっては大変な1ヶ月だっただろうなと思いながら一緒に仕事をしていると、ポツリポツリと話が始まった。ゆったりとしたテンポで一音一音に時間をかけながら語る彼の話をまとめると次のようになる。
「お寺のお尚さんから3枚のお札をもらった。オニババが追っかけてくるので、1つ目のお札を投げると、ドカーンと大きな山ができた。2つ目のお札は、ザブーンと大きな川が流れた。オニババはそれでも追っかけてくる。3つ目のお札を投げると、オニババは小さくなった」
おそらく、Mさんが以前に聞いたことのある昔話なのだろう。私が相づちをうったり、復唱したりしながら聞いていくと、彼は話をいきつ戻りつしながら小1時間かけて話してくれた。「山」や「川」や「オニババ」は何回もくりかえし出てくるのに、お札を投げている主人公は最後まで登場しない。「お尚さんからお札をもらったのは誰?」と聞くと、「小僧さん」が出てきた。3枚目のお札についても、私からの質問でやっと思い出したようだった。
現実生活ではなかなかうまく適応できない彼だが、お話の世界では力強く動いている。まだはっきりと見えていない主人公が、いつか大きく育って、自らオニババ(現実の困難)と対決する日がきっとやってくることだろう。昔話(彼の持参する本に『やまたのおろち』と『こぶとりじいさん』があった)の中でそれを確かめていきたい。それにしても、オニババとの対決は山や川で防ぐのではなく、オニババが小さくなる(自分が大きくなる)ことであるという結末は実に象徴的であった。
パンジーだより No.51 2003年12月発行
中新井 澪子
「眠ること、休むこと」を書き始めてもう何回目になるのだろう。途中寄り道をしながらも、私はずっとそのことを考えていたところ、世の中の関心が急に「居眠り」に集まるようになり、「睡眠」についての知見も発信されるようになった。新幹線の居眠り運転のおかげである。たるんでいる証拠といわれてきた朝寝坊や居眠りが、夜間の睡眠障害による病的眠気である場合もあることが広く知られるようになった。それでもやはり、「will not−目覚める気がない」なのか、「can not−目覚めることができない」なのかの区分けは単純ではなく、眠気や不眠のメカニズムもナゾだらけだそうだ。「睡眠を診るということはその人の人生を診ることにつながる」というある睡眠専門医(こういう医師がいることも今回の報道で初めて知った)の言葉に、パンジーのメンバー達の顔がうかんだ。
「寝つきがわるい」「眠りが浅くてすぐ目が覚める」「朝方になってやっと眠る」「夜中に起きて大声を出す」「早朝起きて新聞がまだだと怒る」「昼夜逆転」「三〜四日周期で睡眠と覚醒をくりかえす」などいろいろあるが、問題なのは夜だけでなく日中の生活の質を左右してしまうことだ。
夜ほとんど寝ていない場合でも、パンジーに来て昼寝や居眠りのできる人はまだいい。朦朧とした状態の中で奇声、多動、こだわりがひどくなると、本人も苦しむし周りの人も困惑する。また、睡眠障害が続くと、家族の睡眠を妨げたり、イライラさせたりで、家族関係も険悪になってしまう。
しかし、日本ではまだ数少ない睡眠の専門医を頼ったとしても、そう簡単には解決しないようだ。不眠による障害が強くて時間をかけて睡眠の改善に取り組めない時は、睡眠導入剤を肯定的に服用して、まず眠ることに自信をもつことが先決とのこと。また、夜中に多動やこだわりが出る時は、家族だけが辛抱するのではなく、ショートステイなど利用して環境を変えてみることで、また見えてくるものもあるのではないか。
今年の冬、生来不眠とは無縁だった私が夜中に目覚めて朝まで一睡もできないという体験をした。次の日も全く眠くならない。あわててかかりつけ医に相談すると、何でもないことのように入眠剤を処方されて、またまた驚いた。突然の睡眠障害に対する私の不安は解消されないまま、生れて初めて睡眠薬の世話になったのである。その後2回同じようなことになり、その状況証拠から原因を特定したが、この不眠体験は多くのことを教えてくれた。参考になったことを文末に記すが、夜中に何もすることがなく起きているのは身のおきどころがなくつらいものだと実感できたことが大きい。
一般的な睡眠障害への対応
・まず朝はっきりと目覚める。(朝の光を浴びる。シャワーをする。朝食をきっちり食べる)
・昼間、明るいところでよく活動する
・昼食後の短いうたた寝は効果的
・夕食も決まった時間にしっかり食べる
・起床後14時間(脳内に睡眠ホルモンが出はじめる)以降は照明を暗くして、ゆったり好きなこと をし て過ごす
・その2時間後位が最も寝付きやすい時間なので、入浴や運動、コーヒーやお酒、刺激のつよいTVやゲームなど脳を興奮させるものの時間をうまく調節する
パンジーだより No.52 2004年5月発行
中新井 澪子
NO.23』では、その行動の原因として@要求を通そうとする意志または通らないことへの反応、A状況が理解できないための困惑や回避の表現、B周囲の無関心に対する反応、C独別な感覚や状況への強いこだわりの表現をあげている。そして突発的に見える行動も必ず誘因があるので、事前に察知したいとも述べている。誘因として考えられるのは、嫌悪や恐怖の体験が呼び起こされるフラッシュバック、本人が刺激的・挑発的と感じる物音や言動、睡眠不足、暑さ、かゆみなどの身体的不快感などである。7年前に一度、「問題になっている行動」について書いたことある。あれからパンジーにも新しいメンバーが増えた。また、知的障害の伴わない自閉症者が自分たちの「生きにくさ」について語られることも多くなった。一方で脳の研究も進み、仮説ながらも障害の部位や症状形成の機序が明らかになりつつある。そんな今、もう一度「問題になっている行動」をゆっくり考えてみたいと思う。
『パンジーだより
パンジーのスタッフも、メンバーと一緒に過ごす時間が長くなれば、これらの原因や状況について把握できるようになってはいるが、それでもなお、執拗なこだわりや他のメンバーへの突然の攻撃的行動には日々苦慮している。
Nさんは、突発的につかみかかり、スタッフやメンバーの髪を強くひっぱる。直前であれば「大丈夫」「関係ないよ」の言葉が効果的で、かなり行動を抑制できるようになってきたが、それでも突進してしまうこともある。原因は初めての人や、刺激的な音や声への反応であることが多いのだが、どうしても、そのきっかけがつかめないこともある。何かが気に入らないのではなく、もしかしたら「何かがしたい」「不快感を何とかしてほしい」という、その場の状況とは関係のない要求や、感情の訴えもありうるのではないか。彼はやりたいようにやっている風でいても、彼からスタッフへの自発的な要求や訴えはあまりにも少ないからだ。
スタッフはNさんの他害行動を抑えるために「大丈夫」をキーワードにしたり、一人で落ち着ける小部屋を用意したりしてきたが、今回は彼からの発信をキャッチする工夫を考えることにした。彼は聞くより読む、話すより書く方が楽かもしれないので、いつも紙とペンを用意して筆談をする。また、いくつかの要求を書いたカードを作り、意志表示しやすくするなどである。
次に考えられるのは、要求を表現する方法が分からなくて困っているというより、何らかの理由で躊躇している場合である。激しい自傷行為があった
Oさんの時も、要求への抵抗や葛藤―素直に要求や意志が出せない何か―があるように思った。今、彼は強引すぎるくらい、はっきり意思表示する。そして頬のアザはすっかり消えてしまっている。問題行動の原因に「気持ちや要求を伝えることへの抵抗や葛藤」を付け加えることにしたい。
これは難題である。続きは次回に・・・
パンジーだより No.53 2004年
中新井 澪子
今年の夏はヤケドしそうに熱かった。そんな中、私は初めて車に乗って営業に出かけた。Pさんは「クルマに乗るの!」といって一番先に乗りこんだが、まだ半分も行かないのに「降りて下さい!」と叫ぶ。「○○センターに着くまで待って下さい」は彼には届かない(「待てない」のではなく)。ますます声が大きくなってしまう。Pさんにとって「降ろしてもらえない」のは、「車の中に居りたくない」という自分の要求が、スタッフに通じていないと感じている様な気がした。彼はいろいろ通じる方法を試し出す。「降りるの!」と言い替えたり、「お茶!」「トイレ!」になったり、前に座っている実習生のイスを叩いたりと、真剣に訴えていた。
その日のミーティングで、先日Pさんが走行中の車のドアーを開けた事が話し合われた。私は今日の経験から、彼は実力行使をする前に、きっと「降りるの!」という表現でもって、不快に感じている自分の状況を何とかしたいというメッセージを送り続けていただろうと思った。どんな切実な要求があるとしても、今ここで降りてそれを満たす事は困難であるという判断は、支援者にとってごく当たり前の事であっても、Pさんにとっては、なぜ、拒否されたり、無視されるのか分からなくてイライラが高じていたにちがいない。
彼は、部屋で仕事をしている時も、突如立ち上がって「エレベーターにのるの!」など短い言葉でスタッフに訴える。「どうぞ」と促しても満足気でないのは、「エレベーターに乗りたい」わけではなく、本当の要求は別にあるようだが、それでも、彼はまず近くのスタッフに伝える努力をしている。
私はPさんのこの姿勢を評価し、大切にしたいと思っている。なかなか理解してもらえなくても、彼はそばに居る人たちを信じているように思う。うまく伝わりさえすれば、スタッフは必ず何とかしてくれるはずだと。だから私たちも彼の信頼に何とかして応えたいのだ。
車の中では、暑くていやなのか、じっとしているのがつらいのか、のどの乾きか、私はPさんと言葉のやりとりしながら、どれも大いに共感できてよく分かる。「降りるの!」に託されたPさんの要求を真摯に理解しようとする私のメッセージを返し続けた。これがきっちり彼に届くためには「コトバ」より「モノ」が要る。「降りる」という要求は通らないにしても、道中を快適に過ごせるモノ(例えば凍らせたペットボトルとか、好きな本など」を用意すれば、少しは落ちつけるのではと思った。
メンバーの中には、Pさんのような訴えなしにいきなり実力行使に出る人もいる。今までの生活場面で、彼らの要求(やりたいこと、やってほしいこと、困っていることなど)に対して、誰も気づかなかったり、あるいは拒否されたり、無視され続ける中で、彼らは要求を表現することにも葛藤したり、躊躇したりして、そのストレスがいきなりの問題行動を生じさせていることも多いと思う。今からでも遅くない。日常生活の中のささいな要求でも、Pさんのような言葉を用いなくても、どんな形であれ支援者に発信すれば、気づいてくれる、理解、共感、支援してくれる、そんな体験を積み重ねていってほしい。要求の実現有無にかかわらず、支援者は真正面に受けとめ、きっちり返す。そんな関係を築いていくことが問題行動を解消していく一歩となる。
ただし、運転中のスタッフが同時に支援者になることは、かなり難しいと思った。
パンジーだより No.54 2004年
中新井 澪子「問題になっている行動U・V」で書いたように要求の手段や方法は持っているにもかかわらず、そして、伝えさえすれば実現に向けて支援してくれる人が側にいる場面ですら、要求を表現することに怯えたり、とまどったりしてそのフラストレーションが自傷他害行動に結びつく人達のことがずーと気になっている。
先日保育所でも気になる場面に出会った。重い知的障害を持つAくん(6才)は家の事情があり、朝食を食べていないことが多い。保育所側はその分を、給食で補う方針で、積極的におかわりを勧めてきた。Aくんも給食は大好きで、お替りの要求は食器を保育士の所へ持っていくことで表現できるようになってきた。にもかかわらず、彼は何かを避けるかのように皿を持った手で耳を押さえて、保育士の前を行ったり来たりする。そして意を決するようにお皿を差し出すのだ。
その姿はパンジーのDさんに重なる。自傷行為の激しかったDさん、今ではパンジーでもすっかりくつろいだ状態で過ごせるようになった。いつか、いびきをかいて眠ってしまったことがあり、以前眠いのに眠れずイライラして自傷を繰り返していたのが嘘のようだ。そんな彼も給食のお替りとお茶の要求(いつも持っているペットボトルがからになった時)の時は、今でも落ち着かない。ソワソワしたり、声を出したり、顔を叩くまねをしたり、そしてスタッフや私が横にいると食器やボトルを「やってくれ」とばかりに差し出す。誰も側にいない時はどうするのかとそっと見ていると、厨房の前をやはり落ち着かなく行ったり来たりしている。給食時以外も、彼がいつでも飲めるようにヤカンを置いているにもかかわらず、彼は散々イライラしたあげく、意を決してお茶を飲むのだ。要求が実現したときはいつものことだが、本当にうれしそうに踊るような足どりで彼のお気に入りの場所(仕事をしないときは1人で食堂にいる)に戻っていく。給食もお替わりを断られることはないのだが、自分で直接食器を持って厨房のスタッフに要求するときは、やはり毎回努力している様子である。
要求が一回スムースに伝わったからといって、次から大丈夫とはいかないのはDさんに限ったことではない。確信が持てない(要求と結果の因果関係は分かりにくい)のか、前のことは忘れてしまうのか、その都度同じ葛藤がくりかえされることが多い。また新しい要求が出来てきたり、要求の度合い(今すぐ・もっともっとなど)によって、問題といわれる行動が激しくなったりすることもある。
Dさんの場合、家では母親が何でも察して彼の要求を満たしていた。母親がいないと、自分で何らかの表現をしない限り分かってもらえないことを知った頃から、パンジーでの自傷行為が見られるようになった。自傷をすれば表現しなくても要求が通ると思っていた時期もあったと思う。スタッフは彼の要求や思いに気づき、受け容れることから始めた。そのうち声や仕草で表現し、それも最初は特定の支援者にだけ、今ではパンジーの多くのスタッフに安心して、むしろ強引に訴えるまでになっている。自傷行為はその時々に出たり消えたりしてきたが、自傷が要求の手段になることはもうないだろう。
前々回に書いた「大丈夫」のNさん、要求が分かりにくく、いくつか考えられる要求を紙に書いて(彼は字を書いたり読んだりできる)貼ってあるのだが、それでも突然パニックに陥ることが多い。ところが先日、私のところに一人でやってきて、やおら私の手をとり窓のところへ連れていく。「何をして欲しいの?」と聞くと「フトン」と言って庭に干してあるフトンを要求した。これは、今年のパンジーでの最もうれしい出来事で、これからが楽しみである。来年もよろしくね。
パンジーだより No.55 2005年
中新井澪子
周りにいる支援者に自分の要求や意思を躊躇なく伝えられる人と、なかなか出せない人がいることを書いてきた。特に後者が気になるのは、彼らはより深刻な問題となる行動を持っており、自身も苦しみ周りも困ることが多いからである。それは彼らが持っている障害の種類や程度によって分かれるのでは決してない。また、彼らが教育や訓練で得てきたコミュニケーション能力の差でもないこともはっきりしている。
では何が違うのか?私は彼らが持つ「人に対する安心感」ではないかと考えている。
前号で書いたDさんのことを、もう少し話そう。彼は母親に対する安心感はあったが、要求が拒否されたり、行動を制止されたりすると家でも自傷が見られた。パンジーに来ると母親と別れるなり、顔面強打が始まる。筋肉が壊れて黒褐色の尿がでたり、眼底出血の心配もあったので、旅行も彼だけは母親同伴で行った時期もあった。
私達はまずパンジーのスタッフに対する安心感の確立を容易にするために、Dさんの担当を固定し、出来うる限り行動を共にすることにした。当時彼は外をウロウロすることが多く、お茶とトイレをくりかえしていたが、スタッフのOさんはずっと彼に寄り添っていた。私も週一日はDさんの側に居て、表情、しぐさ、声などから彼の要求をくみとろうとした。「マァッ」「あァッ」の叫び声から「お母さん来てほしいね」「お茶が飲みたい?」などDさんの気持ちを察して言葉にする。その間も彼はバンバン自分の顔や頭を叩き、側にいると耳がツーントするほどの音が続く。「お母さんいないのはつらいよね」「よく我慢しているよ」といいながら彼のお腹や背中を軽く叩くと、その間だけ一瞬自傷が止まるような状態だった。 その後、自傷行為そのものは少なくなったり激しくなったり、すっかり影をひそめたと思うとまた再発したりの状態が続いていたが、その数年こそ、Dさんとスタッフの間の、「安心感」が育まれてきた期間だったように思う。
言葉にして返すと、自分の要求には大きくうなずくようになったり、母親不在の心細さを共感すると、涙を流して大声で泣いた(母親の話では彼はほとんど泣いたことがないと言う)こともあった。またドリフターズの歌が好きで、音楽に合わせてサイドステップをふむ。一緒に踊ると笑顔がこぼれる。この踊りが出はじめると自傷行為が消えるので、当時のクリエイティブではいつも「全員集合」の歌が流れていた。
そのうち、担当のOさんや私には強引に手をひっぱっていって訴えるようになる。お茶、買い物、着替え、トイレなどはいいが、要求を出したにもかかわらず、そのとおりにならない場合や(車での外出や時間前の給食など)や分かってもらえなかった時などは、イライラがよけいに募り、悲鳴に近い声を出して周りにいる人をつきとばしたりすることもあった。それでも、自分の要求や感情を支援者にぶっつけるのを歓迎した。
私がパンジーでDさんと出合ってから8年になる。当初Dさんの担当はOさんだけだったが、次第に他の支援者にも要求が出せるようになり、数年前からは1人で旅行に参加している。同時に、ショートステイも可能になり、自宅(和式トイレ)以外で初めて排便も出来た。
今でも「お母さん」を要求することがある。時計をみせて「まだ迎えの時間ではないよ」というと「仕方がないなぁ」とばかりに、他の訴え(身体がかゆいとか側に居てほしいなど)で少しだけ我慢している。彼の不安や葛藤が支援者との関係の中で解消されるようになってきているのがうれしい。
そして今、私はPさんの側に居る。「どんな時も私はあなたの味方だよ」というメッセージを送りながら。詳細は次号で。
パンジーだより No.56 2005年
人に対する安心感U中新井 澪子「わくわく」は相談事業も行っており、担当者から助言を求められることもある。先日も不登校になっている中学生のことで話があった。詳細は差し控えるが、「人との安心した関係」は日常性の中で作られること、それはゆっくりで時間が必要なこと、そして傷つきこわれやすいものであることなどを改めて考えさせられた相談であった。
以前に紹介したAさんも不登校を経験している。パンジーに通い出した当初、彼は幼少期のいじめ経験のフラッシュバックに苦しんでいた。十数年前の出来事をまるで今おこっているかのように相手の名前を叫び、その状況に怯えていた。そんなAさんとパニック解消法について、話しあったことがある。彼は薬を飲むのが一番だが、次は楽しいことや好きな人の顔を思い出すと楽になると教えてくれた。Aさんだけでなく、話すことの出来ないメンバーの中にも、つらい体験をしてきた人はいるだろう。私はすべての子ども達は子ども時代に、安心できる好きな人をいっぱい作り、夢中になれるような楽しい経験をいっぱいやってほしいと思っている。書字や計算が出来なくても、大きなハンディキャップにならないが、困っていることや嫌なこと、やりたいことややってほしいことなどを側に居る人に安心して訴えたり、支援を求めたりが出来ないのは、卒業後の人生の生きにくさにつながってしまう。知的障害の有無にかかわらず、今多くの子ども達のニーズは学力向上より、人間関係力の強化にあるのではと思う昨今である。
さて、Pさん、私がここ一年ほど、出来るだけ側に居て、彼の気持ちや要求のサインを受けとめ、応えようとしてきた人だ。彼はパンジーに入所する前や来た当初、かなりの物壊しや物投げをやっていた。受け入れに際して、まず安心できる居場所とスタッフとの関係作り、そのためには、壊されたら困るものは部屋に置かない、破壊行動は寸前に止められるよう、スタッフは彼の側に居る。その中で一人は怖い人の役を引き受けるなど、話し合われた。
Pさんに最初用意した居場所は一人部屋、そこではハンガーの組立てを器用にこなすが、やはり皆のいる部屋が気になるようで、半年もすると自分の部屋の入り口に陣どって、部屋の物を位置や向きをチェックするようになった。誰かが少しでも動かすと必ず元通りにしないと気がすまない。こだわりのある他のメンバーと執拗なバトルを繰り返すことがあった。時には毛布やプラスチックの箱が被害を受けた。
あれから3年、今の彼の居場所は中庭に面したガラス戸の側、二階のテラスを含めパンジー全体が見渡せる所だ。やはりチェックは入り二階までなおしに行ったりもするが、リラックスも出来るようになった。時々仕事もするし居眠りもする。
私のPさんへのかかわりは、まず朝の挨拶、言葉だけでなく、握手やぼうず頭をなでることから始めたが、今では「お早よう」だけでうなずき返してくれる。落ち着かないときなどは、肩をもんだり背中をマッサージして彼の反応を見る。いやがる時もあれば、まんざらでもない時もある。「もっとやってほしい人?」と聞くと最初はかすかに指を動かして意思表示した。少し刺激を強くすると声を出して笑ったりもした。それからは、彼の様子を見ながら、例えば「お茶を飲みたい?」などと聞くと、イエスの時は、私の顔を見てうなずいたり、大きく手をあげたりとはっきり応じるようになった。しかし自分から要求を伝えることはなかなか出来ない。やりたいことは、いきなり実力行使になる。
それでも、人とのかかわりを避けて、食事すら一緒に出来なかったPさんが、先日、隣でハンガーの組立てをしているメンバーに、部品を1つずつ渡している光景が見られた時、3年という時間を重さを実感した。
パンジーだより No.57 2005年
中新井 澪子
他人との関係のなかで自分は安全なのか、受け容れられているのか、存在そのものを認められているのか、と言う問題です。裏返せば、自分は他人との関係に置いて安全を脅かされまいか、排除されまいか、承認を奪われまいか、といった不安やおそれが焦点となります。なぜ大きな焦点になるのかは、人間とはまわりへの「依存性」を生きる存在だからですね。他人なしでは生きられません。「依存性」を他人から基本的に保証されるかどうか、これは社会的な生存にかかわることです。「安全」と「受容」と「承認」があってはじめて、私たちは安心して世界に身を委ねつつ生きられます。』8月初旬、創思苑主催の講演会で滝川一廣先生(精神科医)の話を聞いた。先生の著書−「こころ」の本質とは何か−で予習して臨んだので、先生の人間学的な「障害観」をよく理解できた(と思っている)。また、「精神発達のベクトル(※注1)」の2軸を提示していただいたお陰で、私が60数年間で出逢った多くの人達− 大人も子どもも、障害のある人もない人もその境目の人も−が一本の軸のまわりに整理されたようなスッキリ感を感じてうれしかった。そして今「安心感」について書いている私から離れないのは「こころのもつ共同性」である。少し長くなるが先生のことばを次に引用する。
『こころの共同的構造が認識というレベルで機能すれば、人間はそれぞれの個体のもつ生理学的な感覚知覚機能のままに世界をとらえるのではなく、たえず「意味」や「関係」の相において世界をとらえ直して、それによって個体の認識世界を社会的に他人と共有可能なものとしてゆくというこころのはたらきとなって現れてきます。人間のこころのはたらきは高度の共同性をもっています。精神発達とは、この共同性の獲得のプロセスにほかなりません。 この共同的構造が日常生活のレベルで機能すれば、自分以外の人という意味での「他人」との関係にたえずこころをはたらかせながら精神生活を営むというかたちで現われます。
(中略)その精神生活で大きな焦点となるものが、
私は「パンジーだより」のこのシリーズで、コミュニケーションの下手な人の中に、それでも何とか伝えようとする人と、なかなか自分の思いや要求を出せない人達がいて、その違いはメンバー達の能力でも訓練の成否でもなく、彼らのもつ「人に対する安心感」の有りようではないかと書いてきた。日常場面でのかかわりも、彼らが自発的に訴えてくる(同じことばのくりかえしや叫び声、手を引っぱることなども)ことには、出来る限り応えてきた。メンバーは自身が出来ることを依頼されている場合も、その気持を汲んで手伝ってきた。また、自ら訴えようとしない人には、出来るだけ側にいて、あなたの役に立ちたいといつも思っていることを何とかして伝えたいといろいろかかわってきた。そして、スタッフとのミーティングでも、私の考えを話してきた。
困った時や苦しい時に、周りの人に安心して支援のS.O.Sを出せることが自立の第一歩と確信しているものの、私自身の心の「ゆらぎ」はいつもある。特に、メンバーからの要求が思いどおりに通らない時のパニック状況への対応や他のメンバーへの影響を思う時、「もっと適切なかかわりがあったのでは」と考えて寝つけない時もある。また、「依存関係」や「こだわり」がエスカレートするのではとの指摘に、「大丈夫」と答えながらも「本当か?」と自答したりしている。
こんな状況の私に、今回の出逢いは「安心感」を与えてもらったような気がしている。先生の言葉を借りれば、「こころのもつ共同性」が十分に広まり深まっていない人たちが持つ「共同世界から排される(依存を絶たれる)」のおそれに対し、「依存性」を基本的に保証するのは社会的な生存を支援することなのだ。
しかし、その一方で先生は、逆に「共同世界に支配され呑み込まれる」おそれについても言及されている。このような被害的なおびえの様子を示すのは、比較的コミュニケーション能力の高いメンバーに見られるように思う。次回に考えてみたい。
パンジーだより No.58 2005年
人に対する安心感W 中新井 澪子
パンジーに来るようになってもう10年近くになる。その間、創思苑の日中活動の場が拡大するとともに、私も多くの当事者と出逢ってきた。今秋より、デイサービス事業の場(これが元銭湯の脱衣場で、まだ番台なんかも残っていてオモシロイ)にも、参加することになった。2回目に出かけた時、なんと私のことを「れいこさん」と呼んで迎えてくれたメンバーがいた。60数年生きてきて、友人知人は多い方だと思うが、「れいこさん」と呼ぶ人はあまりいないので、とっても新鮮でうれしかった。パンジー(パンジーU)では、ほとんどが「なかあらいさん」。自閉症のQさんは、私の顔をみるとニコニコして「ナカアライ」と唱える。中には大声で「おばちゃん!」(「おばあちゃん」でなくて良かった)と呼ぶとってもフレンドリーな人もいて、スタッフは恐縮しているが、私は結構楽しんでいる。今回登場するRさんは、メンバーの中では数少ない「なかあらいせんせい」と呼ぶ女性である。
先日、久々にRさんのお母さんが相談に来られた。数年前、彼女が不安定になって親子関係がこじれた時に話をして以来だ。「あの時に比べたら大した問題ではないのだが」と前置きしながら、家でRさんとなごやかに会話している時、突然機嫌が悪くなったり、急に怒り出したりする。親にだけならいいのだが、彼女のことをよく知らないヘルパーやメンバーさんともそんなことがあると、嫌われるのではと心配しておられる。
Rさんは、まじめでりちぎで頑張り屋である。私は話をしていてお母さんにも同じような印象をうける。親子だからということ以上に、Rさんがお母さんから学んできたことが大きいように思う。○○でなければならないといった行動基準や知らないこと出来ないことは恥しいと思う感情など、彼女のこころのアンテナは常に緊張状態だった。「しんどい時は少し休んだ方がいいよ」など言うと、「仕事だから頑張らないといけないんです!」とムキになって反論した。物事を柔軟に考えたり、他者に依存したりすることの苦手なRさんにとって、パンジーの考え方、多くのヘルパーやメンバーの各々の行動基準に出逢った時、彼女が持った不安、怖れ、葛藤はかなりのものだったにちがいない。「共同性のなかで自分は真に安全なのか、のおそれ」を感じたことだろう。被害性や攻撃性が見られたこともあったが、今は自分の気持ちを言葉で相手に伝えるようになったので、大きな問題行動は見られない。
彼女の知らない物の名前や抽象的な言葉を私が使った時、「そんなんワタシの知らんこと言わんといて」とそれまでのにこやかな表情が一変する。肥満傾向のメンバーが水泳プログラムに参加しないのは間違っていると批難するので、「水泳活動はダイエットのためだけではないしね」と言った途端に急に不安がり、「そんなこと言われたら、ワタシどうしたらよいか分からなくなる。ワタシはダイエットによいと言われたからやっているのに」と泣きそうな顔をする。確かに感情の起伏に戸惑うことはあるが、私の言葉にRさん自身も動揺していることもよく理解できて、今ではお互いの安心感につながっている。
彼女に最初にあった時から、私のことを「せんせい」と呼んだのは、何らかの意味を持っていたのかもしれない。親や、「せんせい」は頼りになる反面、のみこまれてしまう怖れを持った存在である。
パンジーだより No.59 2006年
人に対する安心感X 中新井 澪子
新年号はいつも「ちょっといい話」だが、今回は「ちょっとよくて、ちょっと困る話」かもしれない。でも考えてみれば、これが当り前で、「いい話」ばかりというのはめったにないものである。
パンジーでは、嘱託医のすすめもあって、頻繁に身体の不調を訴えるSさんと面接を継続している。 私「2週間ぶりですね。身体の調子はいかがですか」 S「良い時と悪い時がある」 私「それは良かった!」 S「なんで?」 私「調子が良いと思う時があるのはすばらしい」 S「そうなん」